與謝野晶子, 平野萬里

十二年の春四月の末つ方大磯でかりそめの病に伏した時の作の一つ。病まぬ日は昔を偲ぶをこととしたが、今病んでは事毎にまだ痛まなかつた昨日の事が思はれて心が動揺する。ましてそれは心の動き易い行く春のこととてなほさらである。この時の歌はさすがに少し味が違つて心細さもにじんでゐるが同時に親しみ懐しみも常より多く感ぜられる。二三を拾ふと いづくへか帰る日近き心地してこの世のものの懐しき頃 大磯の高麗桜皆散りはてし四月の末に来て籠るかな 小ゆるぎの磯平らかに波白く広がるをなほ我生きて見る もろともに四日ほどありし我が友の帰る夕の水薬の味 等があげられる。